一応EDHを意識した内容。
ゲームにおいて運の要素を減らすとか、勝つために最低限の運には頼る必要があるとか、色んな話がある。そもそもゲームに運の要素を修飾することでどういう変化があるのか、そこから考えてみる。
ある運の要素がないゲームで勝率が70%のプレイヤーがいるとする。
ここにプレイヤーと対戦相手に均等に運の要素を付与する。運の要素といっても、勝利や敗北に直結する要素、少しだけ有利不利を動かす要素、結果的にはゲームの大勢には影響しなかった要素と色んな物がある。全てを考慮することは出来ないので、この思考実験では発生しうる運の要素を加算減算して、ゲームの最後にまとめて精算しようと思う。つまり、ゲームの勝敗が決まったときに、一度だけ以下のような運の要素を足す。
「ゲームに敗北したプレイヤーは20%の確率で勝利する」
そうすると、このプレイヤーが勝利していた70%のゲームの内の2割は負けてしまうことになる。逆に敗北していた30%のゲームのうち2割は勝つことになる。勝率を計算し直すと
0.7*0.8+0.3*0.2=0.62
ということで、勝率は62%に落ちてしまう。
これはゲームに付与された運の要素の大きなメリットであると思う。勝率が落ちているのに?なぜか。
将棋のように運の要素がないゲームの場合、実力の差が勝敗に直結してしまう。ぷよぷよのように運の要素がかなり少ないゲームでも同様。これでは新規プレイヤーが勝てるようになるまでに時間がかかる、もしくはレベルの合う対戦相手を見つける手間がかかる。あるやり込んだ友達から誘われても気軽に参入できない。
運の要素が増えれば増えるほど、古参プレイヤーが一方的に勝つ割合は減っていき、新規プレイヤーでも勝つ楽しみを味わえる。極端な話、じゃんけんであればプレイヤーの実力は関係がなくなる。しかし、運の要素を増やしすぎると新規プレイヤーが参入しやすいものの、研究の余地が少なかったりして古くからのプレイヤーが根付かない。
“そこそこ”の運の要素。これが新規参入を行いやすく、古参にゲームを続けてもらえる秘訣になると思う。
さて、ゲームを長く続けている立場からすると、高い勝率を維持するのは運の要素をなるべく減らす、というのは妥当なことだが、この運の要素というのは一体何なのか。命中率だったり、カードゲームでいう引きのムラも勿論そうだが、じゃんけんの要素を減らすということも大事だと思う。ここで言うじゃんけんは俗に言われる相性の三すくみだけの話では無い。そもそも三すくみをじゃんけんと表現するのは少し解釈が間違っている。じゃんけんとは、使える駒の相性の問題だけで無く、相性差のある選択肢の中からお互いに同時に手を出すという要素もある。
例えばポケモンのようなターン性バトルは分かりやすい。
①Aという技を使えば対峙している相手には有効。しかし相手が交換した場合は無効。
②逆にBという技は対峙している相手には無効、相手が交換した場合は有効。
この二つの選択肢からどちらかを選ぶというのは、まさにじゃんけん。これだけで勝敗を決すると仮定すれば勝率は50%。そして、このじゃんけんをし続けて勝ち上がるのは、ただ運が良いだけである。この手の勝負を“読み”と表現する人もいるけど、基本的に読みの要素なんて無くてただの運ゲーである。数十戦こなした相手で相手の思考の癖が分かっているとか、相手の構築に欠陥があるのが分かっていてブラフだと見え透いている時ならともかく、実際は相手の出す手にそれらしい自分が納得できるような論理的な解釈をつけることは出来ても、確率的な解を出すことはできないので、運である。まさにじゃんけん。その本質を捕らえずに「読み勝ったわー」で終えてしまっては構築に進歩は無いし、勝率もそこで打ち止め。「読み負けた」というのも、本当にゲームを読んで負けているのか、実は減らせるじゃんけんの要素で負けてしまっただけなのか。
運の要素を減らすというのは、このじゃんけん要素も含めて対策することだと考える。お互いに手の内がわからないところで出す自分の一手が、無駄になりにくいものになるように構築を組む。では、このじゃんけんの要素をじゃんけんで無くするためにはどうすれば良いのか。
一つは相手がどちらの手を出しても不利にならない手を用意する。そんな無茶苦茶な、と言われそうだが、いくつかの選択肢から構築して戦うゲームでは実はこれは可能。必ず構築同士の有利不利が出てきて、流行りの構築というのが生まれる。その流行りの構築をしっかり分析して対策するということ。もちろんそのゲームの中にどっちの手を出しても大丈夫な理想の選択肢があるとは限らないが、探してみないと分からない。
もう一つは自分の出す手を相手にわからなくさせること。流行りの構築で多くの人に解析され続けたものを使っても、手の内は全てバレている。上の例にもどって、もしも対戦相手がBという選択肢の存在を知らなくてAという選択肢しか知らなかったら。間違いなく対戦相手は①のパターンだけを考えて行動してくれる。ここでBの手を出せば、すんなりと勝てるのである。もちろん完全に知らないというのは理想だが現実的には難しい。しかし、対戦相手がAB両者の選択肢の可能性をしっていても、世の中の8割の人がAという選択肢しかとれない構築だったならば。やはりBを出せば高確率で勝てるだろう。
つまり纏めると環境への理解は大前提で、そこに流行への対策と意表を突く一手を加える。よく言われるメタゲーム云々の話になってくるが、しかし僕が思うこの考え方の本質は一番はじゃんけんの要素を減らすこと。何となく相性をよくするというわけではなくて、じゃんけん、ぽん、という構築して考察するゲームにあるまじき展開を減らすことにあると思う。
対戦ゲームでのじゃんけん要素はポケモンのように同時にコマンドを入力するバトルに限った話では無い。MTGでいうコンバットトリックとかカウンターを持ってる持ってないとか、遊戯王で言う制限クラスのトラップカードのように相手が持ってなければ自分の勝ち、持っていれば戦況がひっくり返されるみたいな二択になったときにいかにして不利にならない選択肢だけを出せるか、もしくはそんな二択にさせないか。これを構築でどこまでカバーできるかというところが面白いところかなあと思う。
ある一定のレベル以上ではプレイングの差は誤差みたいなもの。結果論的にプレイングの善し悪しを語ることは出来ても、慣れたプレイヤーは基本的に逸脱した一手はうたないし、そういう前提で構築は考えるべきである(が、一方で逆に逸脱した一手が敗因になっても困るので理想は相手の上手い下手に関わらず不利にならない選択肢を取りたい)。環境で一番強くて流行っている構築を素直な形で使って勝ち上がったとしても、僕は相手よりもプレイングが優れていたからというよりは運が良かったとしか思えない。もちろん素直な形で使うこと自体が環境に対する奇襲であることも有り得ることもわかっているが。
自分としては、じゃんけんぽんというエセ読み合いではなく、対策と不意打ちで良い感じに環境を“読み勝って”勝利を得たい。
ここまでは基本的にはタイマンの話。多人数だと話が大きく変わる。
冒頭の例えに戻る。勝率が70%の人に20%の勝敗が左右される運の要素を付加すると62%に落ちてしまった。逆に考えると、勝率が30%の人は38%に上がるわけだ。もともとの勝率30%なんて下手くそプレイヤーと思ってしまうが、もしも4人対戦ならば…?4人対戦なら、均等な勝率というのは25%、それよりも高い30%の人はむしろゲームが上手い人になるわけだが、上手い人が運の要素に頼った方が勝率があがる?
残念ながら多人数になると冒頭の例えをそのまま当てはめることは出来ない。ゲームの敗北者が3人いるので、自分が勝利したときに敗北にされるはずの判定が3回行われるからだ。
しかし、多人数であることもひっくるめた上で考慮した場合、つまりは自分の側だけ勝率を上下させる方法をとったとして、
・自分が敗北したときに、20%の確率で勝利になる
・自分が勝利したときに、20%の確率で敗北になる
という運の要素を付加すれば、多人数戦で勝率30%だった人は、ちゃんと38%に上がる。そのような都合の良い運の要素を追加できるかはともかく、ここで言いたいのは、多人数戦では運の要素を使うことも十分に戦略に入ると言うこと。勝利と敗北が等価である必要は無くて、
・自分が敗北したときに、20%の確率で勝利になる
・自分が勝利したときに、40%の確率で敗北になる
という一見すると自分に不利な条件にしても、もともとの勝率が30%だった人は、
0.3*0.6+0.7*0.2=0.32
勝率が32%となるので、結果的には上昇する。
まとめると
・タイマンでは運の要素が発生しにくい構築
・多人数戦では一部の運の要素を積極的に構築に組み込むべき
ということになる。
例えばEDHでは、安定度が多少下がったとしても、ぶん回りを追求するのが正解かもしれない。安定度が下がりすぎると困ったことになるわけだが、その判断は理論だけでは限界があって実戦の中で考えていくしかないんだけれどもね。
ゲームにおいて運の要素を減らすとか、勝つために最低限の運には頼る必要があるとか、色んな話がある。そもそもゲームに運の要素を修飾することでどういう変化があるのか、そこから考えてみる。
ある運の要素がないゲームで勝率が70%のプレイヤーがいるとする。
ここにプレイヤーと対戦相手に均等に運の要素を付与する。運の要素といっても、勝利や敗北に直結する要素、少しだけ有利不利を動かす要素、結果的にはゲームの大勢には影響しなかった要素と色んな物がある。全てを考慮することは出来ないので、この思考実験では発生しうる運の要素を加算減算して、ゲームの最後にまとめて精算しようと思う。つまり、ゲームの勝敗が決まったときに、一度だけ以下のような運の要素を足す。
「ゲームに敗北したプレイヤーは20%の確率で勝利する」
そうすると、このプレイヤーが勝利していた70%のゲームの内の2割は負けてしまうことになる。逆に敗北していた30%のゲームのうち2割は勝つことになる。勝率を計算し直すと
0.7*0.8+0.3*0.2=0.62
ということで、勝率は62%に落ちてしまう。
これはゲームに付与された運の要素の大きなメリットであると思う。勝率が落ちているのに?なぜか。
将棋のように運の要素がないゲームの場合、実力の差が勝敗に直結してしまう。ぷよぷよのように運の要素がかなり少ないゲームでも同様。これでは新規プレイヤーが勝てるようになるまでに時間がかかる、もしくはレベルの合う対戦相手を見つける手間がかかる。あるやり込んだ友達から誘われても気軽に参入できない。
運の要素が増えれば増えるほど、古参プレイヤーが一方的に勝つ割合は減っていき、新規プレイヤーでも勝つ楽しみを味わえる。極端な話、じゃんけんであればプレイヤーの実力は関係がなくなる。しかし、運の要素を増やしすぎると新規プレイヤーが参入しやすいものの、研究の余地が少なかったりして古くからのプレイヤーが根付かない。
“そこそこ”の運の要素。これが新規参入を行いやすく、古参にゲームを続けてもらえる秘訣になると思う。
さて、ゲームを長く続けている立場からすると、高い勝率を維持するのは運の要素をなるべく減らす、というのは妥当なことだが、この運の要素というのは一体何なのか。命中率だったり、カードゲームでいう引きのムラも勿論そうだが、じゃんけんの要素を減らすということも大事だと思う。ここで言うじゃんけんは俗に言われる相性の三すくみだけの話では無い。そもそも三すくみをじゃんけんと表現するのは少し解釈が間違っている。じゃんけんとは、使える駒の相性の問題だけで無く、相性差のある選択肢の中からお互いに同時に手を出すという要素もある。
例えばポケモンのようなターン性バトルは分かりやすい。
①Aという技を使えば対峙している相手には有効。しかし相手が交換した場合は無効。
②逆にBという技は対峙している相手には無効、相手が交換した場合は有効。
この二つの選択肢からどちらかを選ぶというのは、まさにじゃんけん。これだけで勝敗を決すると仮定すれば勝率は50%。そして、このじゃんけんをし続けて勝ち上がるのは、ただ運が良いだけである。この手の勝負を“読み”と表現する人もいるけど、基本的に読みの要素なんて無くてただの運ゲーである。数十戦こなした相手で相手の思考の癖が分かっているとか、相手の構築に欠陥があるのが分かっていてブラフだと見え透いている時ならともかく、実際は相手の出す手にそれらしい自分が納得できるような論理的な解釈をつけることは出来ても、確率的な解を出すことはできないので、運である。まさにじゃんけん。その本質を捕らえずに「読み勝ったわー」で終えてしまっては構築に進歩は無いし、勝率もそこで打ち止め。「読み負けた」というのも、本当にゲームを読んで負けているのか、実は減らせるじゃんけんの要素で負けてしまっただけなのか。
運の要素を減らすというのは、このじゃんけん要素も含めて対策することだと考える。お互いに手の内がわからないところで出す自分の一手が、無駄になりにくいものになるように構築を組む。では、このじゃんけんの要素をじゃんけんで無くするためにはどうすれば良いのか。
一つは相手がどちらの手を出しても不利にならない手を用意する。そんな無茶苦茶な、と言われそうだが、いくつかの選択肢から構築して戦うゲームでは実はこれは可能。必ず構築同士の有利不利が出てきて、流行りの構築というのが生まれる。その流行りの構築をしっかり分析して対策するということ。もちろんそのゲームの中にどっちの手を出しても大丈夫な理想の選択肢があるとは限らないが、探してみないと分からない。
もう一つは自分の出す手を相手にわからなくさせること。流行りの構築で多くの人に解析され続けたものを使っても、手の内は全てバレている。上の例にもどって、もしも対戦相手がBという選択肢の存在を知らなくてAという選択肢しか知らなかったら。間違いなく対戦相手は①のパターンだけを考えて行動してくれる。ここでBの手を出せば、すんなりと勝てるのである。もちろん完全に知らないというのは理想だが現実的には難しい。しかし、対戦相手がAB両者の選択肢の可能性をしっていても、世の中の8割の人がAという選択肢しかとれない構築だったならば。やはりBを出せば高確率で勝てるだろう。
つまり纏めると環境への理解は大前提で、そこに流行への対策と意表を突く一手を加える。よく言われるメタゲーム云々の話になってくるが、しかし僕が思うこの考え方の本質は一番はじゃんけんの要素を減らすこと。何となく相性をよくするというわけではなくて、じゃんけん、ぽん、という構築して考察するゲームにあるまじき展開を減らすことにあると思う。
対戦ゲームでのじゃんけん要素はポケモンのように同時にコマンドを入力するバトルに限った話では無い。MTGでいうコンバットトリックとかカウンターを持ってる持ってないとか、遊戯王で言う制限クラスのトラップカードのように相手が持ってなければ自分の勝ち、持っていれば戦況がひっくり返されるみたいな二択になったときにいかにして不利にならない選択肢だけを出せるか、もしくはそんな二択にさせないか。これを構築でどこまでカバーできるかというところが面白いところかなあと思う。
ある一定のレベル以上ではプレイングの差は誤差みたいなもの。結果論的にプレイングの善し悪しを語ることは出来ても、慣れたプレイヤーは基本的に逸脱した一手はうたないし、そういう前提で構築は考えるべきである(が、一方で逆に逸脱した一手が敗因になっても困るので理想は相手の上手い下手に関わらず不利にならない選択肢を取りたい)。環境で一番強くて流行っている構築を素直な形で使って勝ち上がったとしても、僕は相手よりもプレイングが優れていたからというよりは運が良かったとしか思えない。もちろん素直な形で使うこと自体が環境に対する奇襲であることも有り得ることもわかっているが。
自分としては、じゃんけんぽんというエセ読み合いではなく、対策と不意打ちで良い感じに環境を“読み勝って”勝利を得たい。
ここまでは基本的にはタイマンの話。多人数だと話が大きく変わる。
冒頭の例えに戻る。勝率が70%の人に20%の勝敗が左右される運の要素を付加すると62%に落ちてしまった。逆に考えると、勝率が30%の人は38%に上がるわけだ。もともとの勝率30%なんて下手くそプレイヤーと思ってしまうが、もしも4人対戦ならば…?4人対戦なら、均等な勝率というのは25%、それよりも高い30%の人はむしろゲームが上手い人になるわけだが、上手い人が運の要素に頼った方が勝率があがる?
残念ながら多人数になると冒頭の例えをそのまま当てはめることは出来ない。ゲームの敗北者が3人いるので、自分が勝利したときに敗北にされるはずの判定が3回行われるからだ。
しかし、多人数であることもひっくるめた上で考慮した場合、つまりは自分の側だけ勝率を上下させる方法をとったとして、
・自分が敗北したときに、20%の確率で勝利になる
・自分が勝利したときに、20%の確率で敗北になる
という運の要素を付加すれば、多人数戦で勝率30%だった人は、ちゃんと38%に上がる。そのような都合の良い運の要素を追加できるかはともかく、ここで言いたいのは、多人数戦では運の要素を使うことも十分に戦略に入ると言うこと。勝利と敗北が等価である必要は無くて、
・自分が敗北したときに、20%の確率で勝利になる
・自分が勝利したときに、40%の確率で敗北になる
という一見すると自分に不利な条件にしても、もともとの勝率が30%だった人は、
0.3*0.6+0.7*0.2=0.32
勝率が32%となるので、結果的には上昇する。
まとめると
・タイマンでは運の要素が発生しにくい構築
・多人数戦では一部の運の要素を積極的に構築に組み込むべき
ということになる。
例えばEDHでは、安定度が多少下がったとしても、ぶん回りを追求するのが正解かもしれない。安定度が下がりすぎると困ったことになるわけだが、その判断は理論だけでは限界があって実戦の中で考えていくしかないんだけれどもね。
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