ソシャゲを続けて思ったこと
2018年11月27日 ゲームソシャゲは労力と報酬が釣り合うかどうかは重要ではなく、報酬が相対的に低くとも労力が少ない方が好まれる。
これは
・1時間で1万円が貰える仕事
・10時間で12万円が貰える仕事
という比較ではない。
・1時間で1万円が貰える仕事(最大で1時間まで可)
・1時間で1.2万円が貰える仕事(最大で10時間まで可)
こういうイメージ。
こんなん、誰でも後者の方が良いと思うじゃん?1時間働くだけでも後者の方が利益が大きいし、時間に余裕があるなら更なる利益も得られる。
でもソシャゲでは違う。前者が好まれる。
ソシャゲのような金も時間も必要なゲームでは、より多くのリソースを割いた方が有利で、自分と他人の課金額の差、プレイ時間の差は勝利に大きく影響する。そのため課金や労力に上限がないと格差が広がりすぎて勝負にならなくなる。
例えば、ソシャゲでは同じキャラを重ねてパワーアップが基本的なシステムだが、これには大抵は4回なり5回なりパワーアップの上限がある。つまり一定以上の課金は勝敗に差が付かないし、無課金でも課金者に対して一定以上の差をつけられることは無い保証がある。これはパワーアップが出来る回数が少ない方が差が付きにくくなり、多くのプレイヤーに有利に働く(パワーアップ回数が少ないことは一部の廃課金だけに不利になる)
周回に関しても同じである。最大の報酬は少ない周回で得られた方が多くのプレイヤーには有利である。
そのため、リソース(金や時間)を割かない多くのライトゲーマーからは、内容が重くなるほど不満が出る。逆に言うと、リソースを割かないくせに、競争意識だけはいっちょまえで、勝ちたいプレイヤーが多いから、不満が出るということでもある。
社会のシステムは上限なんてないし、リソースを割かない人間には辛辣なのだが、せめてゲームの中だけでは楽に勝ちたいと思うのが人間。でもそれなら、ソシャゲを選択する時点で間違っている。CSの方が同じ土俵に立ちやすい。しかし現実的には、手軽に出来ると勘違いして、背景の闇に目を向けず基本無課金に騙されて、多くのプレイヤーがソシャゲに参入している。しかしこういったプレイヤーも搾取するチャンスがあり、終始無課金だったとしても廃課金のサンドバッグになる役割があるので運営側からすると長持ちさせる必要がある。ゲームが長続きするかはおいておいて、こういったプレイヤーに長続きしてもらう秘訣は、課金や周回に“適度な”上限を設けること。この手の人達に総合的にユーザーに得をさせるシステムは不要。自分が相対的に損をしたと思わせない仕組みの方が大事。
課金のシステムがいやなら、同じ駒を使える将棋をやれ、というのはナンセンスなのである。将棋はスキルを磨く必要があり、ソシャゲでいう“周回”が無限に必要なゲーム。楽して勝ちたい層には流行らない。
ソシャゲは、ソーシャルな要素を背景に競争させ、特にガチャという確率の要素でユーザー感に差をつけて、不満を煽ることで課金を促すシステムと思っていたが、それはガッツリ課金してくれる一部だけが対象。多くの無課金微課金ユーザーを掴んで離さないために、絶妙な仕組みが必要なんだなあ、と思った。続いているゲームは、ひたすら課金を煽るだけではなく、無課金にもそれなりに配慮される。
自分はいくつかのソシャゲを見て(特に盛下がってきたタイミングで)、このことがわかってきた。自分の仕事は商売ごとではないし、これが真実かどうかもわからないのだが、成功者達は黎明期からこういう“世の中の感覚”を的確に見抜いているんだろうなあと思う。後から気付く自分のような人間では、大成功はおさめられないだろうと、諦めもつく。
こうして、自分のような凡人は、誰でも時間をかければ達成できる“周回作業”を人生の中でも勤しむのである。
これは
・1時間で1万円が貰える仕事
・10時間で12万円が貰える仕事
という比較ではない。
・1時間で1万円が貰える仕事(最大で1時間まで可)
・1時間で1.2万円が貰える仕事(最大で10時間まで可)
こういうイメージ。
こんなん、誰でも後者の方が良いと思うじゃん?1時間働くだけでも後者の方が利益が大きいし、時間に余裕があるなら更なる利益も得られる。
でもソシャゲでは違う。前者が好まれる。
ソシャゲのような金も時間も必要なゲームでは、より多くのリソースを割いた方が有利で、自分と他人の課金額の差、プレイ時間の差は勝利に大きく影響する。そのため課金や労力に上限がないと格差が広がりすぎて勝負にならなくなる。
例えば、ソシャゲでは同じキャラを重ねてパワーアップが基本的なシステムだが、これには大抵は4回なり5回なりパワーアップの上限がある。つまり一定以上の課金は勝敗に差が付かないし、無課金でも課金者に対して一定以上の差をつけられることは無い保証がある。これはパワーアップが出来る回数が少ない方が差が付きにくくなり、多くのプレイヤーに有利に働く(パワーアップ回数が少ないことは一部の廃課金だけに不利になる)
周回に関しても同じである。最大の報酬は少ない周回で得られた方が多くのプレイヤーには有利である。
そのため、リソース(金や時間)を割かない多くのライトゲーマーからは、内容が重くなるほど不満が出る。逆に言うと、リソースを割かないくせに、競争意識だけはいっちょまえで、勝ちたいプレイヤーが多いから、不満が出るということでもある。
社会のシステムは上限なんてないし、リソースを割かない人間には辛辣なのだが、せめてゲームの中だけでは楽に勝ちたいと思うのが人間。でもそれなら、ソシャゲを選択する時点で間違っている。CSの方が同じ土俵に立ちやすい。しかし現実的には、手軽に出来ると勘違いして、背景の闇に目を向けず基本無課金に騙されて、多くのプレイヤーがソシャゲに参入している。しかしこういったプレイヤーも搾取するチャンスがあり、終始無課金だったとしても廃課金のサンドバッグになる役割があるので運営側からすると長持ちさせる必要がある。ゲームが長続きするかはおいておいて、こういったプレイヤーに長続きしてもらう秘訣は、課金や周回に“適度な”上限を設けること。この手の人達に総合的にユーザーに得をさせるシステムは不要。自分が相対的に損をしたと思わせない仕組みの方が大事。
課金のシステムがいやなら、同じ駒を使える将棋をやれ、というのはナンセンスなのである。将棋はスキルを磨く必要があり、ソシャゲでいう“周回”が無限に必要なゲーム。楽して勝ちたい層には流行らない。
ソシャゲは、ソーシャルな要素を背景に競争させ、特にガチャという確率の要素でユーザー感に差をつけて、不満を煽ることで課金を促すシステムと思っていたが、それはガッツリ課金してくれる一部だけが対象。多くの無課金微課金ユーザーを掴んで離さないために、絶妙な仕組みが必要なんだなあ、と思った。続いているゲームは、ひたすら課金を煽るだけではなく、無課金にもそれなりに配慮される。
自分はいくつかのソシャゲを見て(特に盛下がってきたタイミングで)、このことがわかってきた。自分の仕事は商売ごとではないし、これが真実かどうかもわからないのだが、成功者達は黎明期からこういう“世の中の感覚”を的確に見抜いているんだろうなあと思う。後から気付く自分のような人間では、大成功はおさめられないだろうと、諦めもつく。
こうして、自分のような凡人は、誰でも時間をかければ達成できる“周回作業”を人生の中でも勤しむのである。
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